2007年度 システム情報科学特別演習(イントロダクトリセミナー)関連技術調査レポート


遠隔ロボット手術を支える技術


遠隔ロボット

 近年、情報伝送技術の発達とロボット工学の進歩により、遠隔操作可能な手術用ロボットが開発された。 手術用ロボットはmaster-slave manipulatorであり、master-slave manipulatorとは、 操縦者が機械の指令側部分(master部)を操縦することにより、被指令側部分(slave部) を随意に操縦して、目的の作業を行うロボットである。米国Intuitive Surgical社の開発した da Vinci(図1参照)は、先端部分に二つの回転可能な関節を持つ特殊な鉗子を用い、人の手首の上下および 左右方向の柔軟な動きを模倣することができる7自由度のシステムで、術者の手指の動作に大きく 近づけた画期的なシステムである。術者の動作に対するロボットの動きの縮小割合を自由に設定可能 であり(scaling機能)、しかも術者の生理的振動がロボットの動きでは消失するため(filtering機能)、 縫合・結紮などの微細な手術操作は、直視下に行うよりも容易となる。さらに、高性能な三次元ビジョン・ システムが装備されており、異なる光学系チャンネルを持つ二つの3チップカメラより収集された画像は、 高分解能双眼画面として融合され、ゴーグルやヘッドセットの装着を要することなく術者に自然かつ 高画質な三次元術野像を提供する。


図1 Intuitive Surgica社製master-slave manipulator "da Vinci"
「遠隔診療の現状と法的諸問題」(前編)、 慶應義塾大学 古川 俊治

遠隔システム

 システムは、(1)患者のいる手術室にあたるサージェリ・サイト、(2)医師が機械を操作するオペレーション・ルーム、 そして、(3)インターネットで両者をつなぐコミュニケーション・システムから成っている(図2参照)。 サージェリ・サイトには顕微鏡が装備され、その画像はオペレーション・ルームの手術者に液晶ディスプレイ で映し出される。手術者が、その画像を見ながら手元のマスタ・マニピュレータを操作すると、サージェリ・サイト にある、鉗子や鑷子を装着して医師の手の代わりとなるスレーブ・マニピュレータが動いて目的となる動作を行う。


図2 遠隔システム
「超高精細映像が遠隔医療にもたらすもの」、群馬県立県民健康科学大学 堀 謙太

 このようなロボットを用いたシステムは、遠隔地のほかに、遺伝子・ナノテクノロジーなどの微小世界、 災害の現場などの危険・高温・真空の特殊環境といった、人間が入り込めない「超環境」での作業に ますます必要になると予想されている。その際必要とされるのは、第一に、作業を行う手あるいは 移動する足という「作業機能」、第二に、作業の状況や周囲の環境を知覚する「センサ機能」、 第三に、知覚情報によって次の行動を判断する「知的機能」、さらに作業の情報を人間に戻したり、 人の指示・サポートを受けるための「情報連絡機能」である。

遠隔システムのための方法

 大杉伸也、橋爪誠、伊関洋、土肥健純、波多伸彦、画像管理および音声画像通信機能を備えた外科手術遠隔 支援ディスプレイシステムの開発を参考に、遠隔支援システムのための方法を説明する。

  1. 画像管理
     手術室内の機器は、複数の医療機器ベンダによって開発されているため、画像を一元管理するため には統一したNTSC 信号を入力信号とする。入力信号は映像分配器によって2 分配され、それぞれ のコンピュータにリアルタイムで取込まれる。制御ディスプレイは、タッチパネルになっており、 入力画像を全て一覧できるだけでなく、術者が画面に直接触れて画像を選択する事で、メインディス プレイに拡大表示し、拡大画像下での手術が可能となる(図3参照)。


    図3 管理システム構造

  2. 遠隔コミュニケーション
     音声と画像を用いたコミュニケーションを確立するために、音声通信にはH.323 規格で使用されている Real-Time Transport Protocol (RTP)というリアルタイムプロトコルを使用し、画像通信にはTransport Control Protocol (TCP) ソケット通信を使用する事でMPEG-4 形式に圧縮された画像を相互に交換する。 術者と遠隔地の専門医は、手術室内画像A(図4参照)を共有し、画像に絵や文字を直接書き込む事で、 遠隔からの支援・指示を行う。また,遠隔地の専門医は、手術の様子を正確に把握できるように、 自らの意思でリストの中から画像を選択して見る事が可能である。


    図4 通信システム構造

  3. システム統合
     画像管理と遠隔コミュニケーションのサブシステム間を分散オブジェクト技術CORBA によって 統合する。システム統合の際、ハードウェアやソフトウェアの変更を行う必要が生じてしまうが、 CORBA を用いる事でOS、プログラミング言語、ハードウェアの変更を最小限に抑える事ができ、 統合過程でのオーバーヘッドを低減できる。二つの機能を統合する、つまり、それぞれのコンピュータでの オブジェクトをネットワーク上に分散配置させ、各々がサーバ・クライアントとなる事で、 相互に情報の交換ができるようになり、遠隔地からの指示をメインディスプレイ上に表示させることも可能となる。

遠隔システムによる新たな可能性
  1. 患者の負担の軽減
  2. 医師の負担の低減
  3. 地域医療格差の是正
  4. 救急医療の充実
  5. 手術用高速シミュレータの開発と医学教育の高度化
遠隔システムの問題点

 遠隔システムの問題点は、通信を伝わる際のタイム・ラグである。このタイム・ラグの存在のために、 制御系が不安定になり、機械が壊れてしまう場合がある。患者の安全と機械の破損を防ぐため、 ハードウェア的な「フェイル・セイフ機構」がスレーブ・マニピュレータに組み込まれ、一定以上の 荷重が加えられた時は、安全な方向に待避し、システム全体を停止させるようになっている。 また、タイム・ラグを補う仕組みの一つとして、ジョイスティックの動きから加工の状態を予測して (実際にはまだ加工される前に)画像に表示する仕組みが考案された。また正しく加工されているかどうか 判断するためには音の情報が重要である。そのため、加工で生じる力を音に変換して操作者に伝える仕組みが つくられた。これも実際の加工現場の音ではなく、生じる力から予想される加工音を提示する。 また、操作者に触覚を伝えるためには、ジョイスティックの中にモーターを取り付け、加工状態が振動として 操作者に伝わる。


制作担当: システム統合学研究室 松尾 潤一 (提出年月日:2007年7月30日)