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災害用係留型情報気球 InfoBalloonの開発

北海道大学 システム環境情報学研究室 小野里雅彦
最終改訂日 2015年6月29日

 

InfoBalloon開発の歴史

InfoBalloonの構想
  〜阪神淡路大震災への思い〜

1995年1月17日の阪神淡路大震災は,科学技術が発達した日本にとっての 最初の巨大災害でした.この災害は高度に発達した はずの科学技術の成果物が,非常時にはほとんど役に立たないという, 厳しい現実を突きつけました.救命救助活動の多くが人手に頼らざるを得ない状況でした. また,被災地の住民には災害の状況や避難の具体的な内容に関する状況が伝わらず, 伝聞と張り紙が情報を得る数少ない手段でした.高度情報化社会の脆弱さを露呈させた災害でした.

こうした科学技術が災害に対して無力であるという状況に対して,当時,関西の大学等に勤務するロボット領域を中心とする研究者が 同じ問題意識を共有して結集し,救命救助のためのレスキュー機器のあるべき姿について調査,議論し報告書にまとめました.私は当時,大阪大学に勤務し神戸市東灘区にある公務員宿舎に住んでおり,ロボットの研究者ではありませんでしたが, 研究者グループに参加していました.その議論の中で私が提唱したのは,被災地での安全な避難行動を支援する「誘導エアステーション」というものでした.これが震災の翌年,1996年頃です.

また,近畿地方建設局が主導して行われた防災救命テクノコンペに「災害情報ステーション・エアブイ・システム」という名称の気球システムを1996年夏に個人(神戸市民)として提案しています.これもInfoBalloonの原型に当たります.これはコンペで佳作に選ばれたのですが,審査員評は着想は面白いが空中での風に対する安定性が課題である,と述べられていました.

扁平球形というInfoBalloonの気球本体の形状と,地域内に分散配置するという構想は,この両者を見ても初期の段階から現れています.




  
誘導エアステーションのコンセプト図

 
  
災害用エアブイステーションのコンセプト図

 
InfoBalloon-I, II
  〜大阪大学在籍時の開発〜

1997年に最初のInfoBalloonを製作しました.気球部本体の製造はエアロクラフト社に お願いしました.形状は扁平球で容積は約14立方メートル, 外層と内層の二層構造を採用しています.ただし,バロネットを持たないため気球下部に 機械を搭載すると下が垂れ下がった形状(熱気球型)になってしまっています.気球の上面と下面には ランドマークの意味を込めて大阪大学の吹田キャンパスの郵便番号の七桁が表示されています.

このInfoBalloonの一号機は東京で行われた防災関係の見本市に依頼があって出展したの ですが,展示会場の設営業者が勝手に内層にヘリウムガスを充填して破裂させてしまい, 散々なデビューとなりました.InfoBalloon-Iとしてはこれで解体となり,2号機製作の 材料となります.

1998年に製作されたInfoBalloonの2号機は気球に搭載される機器の重量を気球全体で支えるために,ヘリウムガスを 蓄える内層の中に多くのワイヤーロープが張り巡らされ外層に接続するという,大変に複雑な構造を採用しました. 細心の注意を払って加工をしたおかげもあって,ヘリウムガスのリークも少なく,浮力を保持したまま二ヶ月, 吹き抜けの実験室の空中に浮かんでいました.ただし,屋外に手頃な実験場が確保できず屋内でのみの評価となりました.

ただし,InfoBalloon-IIにはいろいろな情報提示手段が搭載されました.カメラで撮影された映像に搭載された PCの画面をスパーインポーズすることで文字情報を重ねて表示をしたり,テキストをPCの読み上げ機能で音声化して 搭載スピーカから音声放送として流したり,同じ音声をFM微弱電波のトランスミッタ でラジオに配信したりする機能を実装しました.

InfoBalloon-IIは関西系のテレビ局のクイズ番組のネタとして紹介されたことがあります. お笑いコンビが私にインタビューをしたり,InfoBalloonに突っ込みを入れたりしました.InfoBalloon-IIの 機械部のシールドに,サークライン(丸形天井照明)の半透明カバーを流用していたのですが, それをクイズの問いに使われてしまいました.テレビに紹介されたことはマイナスの面が大きかったと言えます.

気球本体の研究開発が停滞気味の中,大阪大学で卒論や修論でInfoBalloonによる情報配信に関連したテーマを担当した 学生諸君はいい仕事をしてくれていました.



  
InfoBalloon-I
 

  
InfoBalloon-II
 
InfoBalloon-IIIの開発
  〜大大特での開発〜

研究開発費が無くInfoBalloonプロジェクトはしばらく機器開発が停滞していました. 転機は,文部科学省の 大都市大震災軽減化特別プログラム(大大特)の中のレスキューロボットのプロジェクトの一つとして InfoBalloonが採用されて開発費が獲得できたことでした.また研究代表者の 小野里も2003年4月に大阪大学から北海道大学に異動し,活動の自由度が高まりました. これにより新しいInfoBalloon,InfoBalloon-IIIの 開発が2003年から北海道大学において行われるようになりました.

InfoBalloon-Iの気球本体部の製作をしてくれたエアロクラフト社は 気球・飛行船事業から撤退したため, 新たな気球本体部の製作協力企業として (株)エイ・イー・エス(つくば市)を選びました. InfoBalloon-IIIでは,InfoBalloon-IIで課題となっていたペイロード搭載時の気球の形状保持とペイロード支持を 加圧調整袋(バロネット)とブロアファンの導入で解決していますが,これは (株)エイ・イー・エスの提案です.また,課題であった扁平形気球の上空での安定係留 には3本平行係留策とピボットベースを併用する方式を新規に開発することで解決しました. 扁平球形の生じる翼効果を生かすことで,風に対する気球の上空での姿勢 安定性が飛躍的に高まりました.

InfoBalloon-IIIは新潟中越地震の被災地の山古志(長岡市)での大大特の実証実験(2007年)や 毎年のせたな町梅本牧場での実験を通じて,その完成度を徐々に高めてきました.InfoBalloon-IIIの 構造の詳しい説明は構成・構造のページをご覧ください.


  
山古志でのInfoBalloon実証実験
InfoBalloon-IV,Vへ
  〜派生モデルの開発〜

現在のところ,InfoBalloonプロジェクトにおける研究開発成果の標準機は InfoBalloon-IIIです.このInfoBalloon-IIIを元に,いろいろな利用形態を 関係者と意見交換して出てきた要望は,機動性とペイロード増大でした.

前者は避難所などでの定置・長期係留での利用ではなく,被災地内で一時的に InfoBalloonを係留してサービスを提供するもので,現場での迅速な設営が求められます. InfoBalloon-IIIでは気球部本体が外層,内層,加圧調整袋が組み合わさった構造をしている ため,現場での迅速な組立が難しいという課題があります.それを解消するために, 機械的強度に対する要求を緩和して,一層構造としてそれに加圧調整袋を一体化して 気球本体部の組み立て作業を不要としたのがInfoBalloon-IVです.ヘリウムガス容量はボンベ2本 分ですがペイロードはあまり変わりなく,小型・軽量化がされています.一体構造のおかげで取り回しは 大変に楽で,設置作業では1名の作業者が約30分で係留可能状態にできます.

後者はInfoBalloonに重量の大きな機材を多くの機材を搭載したいという要望です. これに応えるために一回り大きな気球本体部を持ったモデルがInfoBalloon-Vです. ヘリウムガス容量はInfoBalloon-IIIの約2倍,ペイロードは約3倍に増加しています. また,係留ロープの数も負荷分散と安全性を考慮して3本から6本に増えています.

現在,これらInfoBalloon-IIIの派生モデルを含めたInfoBalloonシステムの 性能評価と運用方法の改善,映像を中心とした災害情報システムの実装を中心に 研究開発を進めています.


  
InfoBalloon-IVの一体型気球部の外観
 【問い合わせ先】
  小野里雅彦 (TEL/FAX 011-706-6435,E-mail onosato(at)ssi.ist.hokudai.ac.jp)
北海道大学 大学院情報科学研究科 システム情報科学専攻 システム環境情報学研究室
Digital Systems and Environments, Division of Systems Science and Informationcs,Graduate School of Information Science and Technology, Hokkaido University
  〒060-0814 札幌市北区北14条西9丁目  N14W9, Sapporo, 060-0814, Japan   URL: http://dse.ssi.ist.hokudai.ac.jp