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災害用係留型情報気球 InfoBalloonの開発

北海道大学 システム環境情報学研究室 小野里雅彦
最終改訂日 2012年5月10日


InfoBalloonの運用方法

標準運用モデル
  〜平時利用から災害対応へ〜

まず,私が思い描いているInfoBalloonの利用形態について説明いたします. ヘリウムガス気球というのは取り扱いに知識と経験が必要で,災害発生時に一般の人が組み立てたりガスを注入できるものではありません.また,作業を開始してから上空に係留するまでの時間は慣れていても3時間近くはかかります.

InfoBalloonは平常時から係留していることを想定しています.たとえば,各地域ごとに避難所に設定されている学校があると思いますが,そうした学校の屋上(生徒が立ち入らないところ)や敷地内の空き地で係留します.そうして学校周辺の安全確認(登下校路の監視,敷地内への不審人物の立ち入り監視,夜間の敷地内警備など)の手段として利用します.常時,利用してもらうことで常に正常動作しているかどうかの確認ができ,さらには地域住民へのInfoBalloonを知ってもらうことができます.

災害が発生したり,発生に関する警報が発令されると,InfoBalloonは平時利用のモードから該当する災害対応モードに切り替わります.このモードでは周辺状況の映像取得・配信,火災の検出,津波の監視,アラームの送出,業務通信の中継など,災害情報に関するサービスを提供します.また,設置されている学校等は避難所となるため,避難してきた人に周囲の被災状況を迅速に提供することを行います.




  
地域をカバーするInfoBalloonの配備イメージ
InfoBalloonの役割
  〜被災地域の情報拠点〜

災害発生したときに,InfoBalloonは被災地でどのような役割を果たすのでしょうか? 私たちは,下の図に示す5つの役割でInfoBalloonが役に立つと期待をして研究開発を行っています.これらを順に説明していきます.


  
InfoBalloonが被災地域で提供する5つの情報サービス
上空からの被災地域の連続監視
InfoBalloonの被災地における中心的役割は,周辺の被災状況がどのようになっているのかをInfoBalloonに搭載された監視カメラシステムによって,映像を取得し,被災地にいる人たちに提供することにあります.災害発生直後には,火災の発生,家屋倒壊等の地区別状況の把握,道路の閉塞・渋滞の状況,大規模プラントの監視,港湾の水位や津波の接近などのための映像を提供します.またその後も,被災地域内の警備,立ち入り禁止地域の監視,崩落の危険がある傾斜地の監視などへの利用が想定されます.
上空からの情報配信
2つめの役割は災害に関する情報を被災地域内に配信することです.上で述べた連続監視画像はInfoBalloonが設置されている拠点内で直接に見ることが可能です.それに加えて被災地域内の住民に情報配信を行う拠点としてInfoBalloonが利用可能と考えています.直接に伝える手段としては,スピーカーを搭載して上空からの音声広報,ストロボライトなどを用いた緊急事態の通知などがあります.さらに小型軽量のコミュニティFMの放送機材を搭載してラジオ番組を提供する,などの可能性があります.ただし,現状ではこうした機能についての実装と検証は行っていません.
業務用無線中継
被災地域内では自治体,警察,消防,自衛隊などの様々な組織が救命救助活動を行っています.地上で活動する上で問題となるのが無線通信の途絶の問題です.無線通信がデジタル方式になり使用する周波数が高いバンドに移行した結果,高い障害物が多くある地域でつながりにくい状況が出てきていると聞いています.InfoBalloonに無線中継の機材を搭載することで,"InfoBalloonが見えている場所まで来れば無線はつながる"という利用を考えています.
InfoBalloon間通信
これは既設の情報通信ネットワークが災害等により機能しなくなった時に,上空にあがるInfoBalloonの間を無線通信でつなげて,臨時の情報通信ネットワークを構築するものです.これにより,被災地の外から被災地域内の被災状況をモニタリングしたり,被災地から発信されるメッセージを受信することが可能となります.ただし,現状では電波関連の法規との関係もあり,実装・実験はまだ行えていません.
ランドマーク
これはInfoBalloonを地域の目印として使うということです.上で述べたように, InfoBalloonは学校等の指定避難場所近くに係留することを計画しています.そのため 地域に不案内であったり,指定避難場所を知らない場合でも,上空にあがるInfoBalloonを目指して行けば避難所にたどり着くことができます.また,InfoBalloonに識別IDを与えて大きく表示することで,地上,上空の双方から位置確認が容易となります.
こうした5つの役割を中心に,上空から被災者・被災地の役に立つ情報サービスの機能を拡張していきたいと考えています.


  
100mからの鳥瞰映像の例(せたな町梅本牧場)
 
  
ランドマークとしてのInfoBalloon(北大キャンパス)
 
InfoBalloon運用の手順
  〜設置から撤収まで〜

InfoBalloonを設置してから撤収するまでの流れを次に説明します.ここでの説明内容は一例であり,運用の周辺状況や運用目的によって変わってくる部分もあります.

設置作業
設置作業は大きく分けて,1. 設置場所整備,2. 係留ベース設置,3. 気球本体組立,4. 機器搭載・接続,5. 気球係留,の5つの工程があります.以下にそれらを簡単に説明します.
  1. 設置場所整備:気球組立を行い,係留をする場所を確保し,整備をします.組立作業用,係留場所にそれぞ8メートル四方程度の平らな場所を用意し,石や鋭利なものがないことを確認して,組立作業用のスペースにシート等を広げます.また,AC100Vの電源(または発電機)を用意します.
  2. 係留ベース設置:ピボットベースやそれにつながる部品の組立を行い,地面にしっかりと固定をします.InfoBalloonの場合,上向きの力が強く働くので,杭などだけではなく,重量物を固定するなどします.また,ピボットベースに係留用のロープ(3本または6本)を通します.
  3. 気球本体組立:InfoBalloon-III, Vの場合,気球本体は外層と内層の二層構造なので,外層の中に内層を挿入し広げます.また,気球外層の下面の口に負荷搭載用のリングをロープを縫いつける要領で取り付けます.さらに,気球の外層のタグ(ワイヤー取り付け部)に地面と固定または錘のついたロープ(6〜9本)を取り付けておきます.ついで,加圧調整袋(バロネット)を入れ,内層の中にヘリウムガスを注入します.予定量のヘリウムガスが注入されたことを確認して内層の口をシーラーで加熱溶着し,加圧調整袋についたブロアファン(乾電池駆動)で空気を送りこみ加圧をします.一時間ほど加圧してInfoBalloonの表面に張力が出て形が整ったら気球本体の組立は完了です.
  4. 機器搭載・接続:次に,InfoBalloonに搭載する機器を取り付けます.このとき,バロネットのブロアファンの電源は搭載する電源ユニットに切り換えておきます.搭載機器が係留中に上空から落下しないように,搭載機器には"命綱"を付けて負荷搭載用リングに結びつけておきます.接続を確認して,直流300Vを送電し,搭載した機器が正しく動作していることを確認します.
  5. 気球係留:この工程が一番,注意が必要なところです.InfoBalloonは上空に正しくあがった状態では風に対して安定ですが,係留の途中で3本(もしくは6本)の係留ロープの長さが異なると,不安定になってしまいます.そのため風が強い時間には係留作業を見送った方が安全です.(自動昇降装置がこの問題を解決する予定です.)計画した係留高度(50m〜150m)まで気球が上がると設置作業完了です.
設置作業に必要な人員は,InfoBalloon-IIIの場合,最低で4名,標準で7名です.また設置準備に要する時間は,経験にもよりますが,およそ3〜4時間程度です.
 
運用業務
InfoBalloonは一度,上空にあがってしまえば,後は何もしなくても大丈夫です.搭載された情報機器を無線ネットワークを介して操作することぐらいだと思います.ただし,運用で注意すべきことは,強風と雷への対応です.これらについては後の項で述べます.
InfoBalloonの定期的な保守業務として想定されるのは以下の業務です.
  • 浮力の確認:浮力を定期的に確認して,ヘリウムガスのリークがないかどうか確認します.これまでの経験では注入から6ヶ月経過してもほとんどリークはありませんでしたが,取り扱い方によっては短い期間で無視できないリークが見つかるかもしれません.その場合には内層の交換とヘリウムガスの再充填,または交換せずにヘリウムガスの追加注入を行います.
  • 係留ロープの確認:気球と係留ベースを結ぶ係留ロープに異常がないかどうか,特にロープ巻き取りの際に確認をします.強くよれているとその部分の強度が低下して,破断の原因となります.
  • 係留ベースの確認:係留ベースには風に起因する繰り返し力が作用します.ネジの緩みや金属材料の疲労がないか,確認します.
InfoBalloonの耐用年数に関しては,きちんとした試験結果がありません.部位ごとにかなり違うことが予想されます.特に内層と係留ロープは消耗品と考えて頂いてよいかと思います.
 
撤収作業
InfoBalloonの撤収作業は,基本的には設置作業の逆工程で実施をします. InfoBalloonの係留ロープを巻き取って地上に降ろす過程も不安定となりやすいので注意が必要です.撤収作業での留意事項として次のことがあります.
  1. 内層からヘリウムガスを抜くのは時間(約2時間)がかかります.注意深く行わないと内層を破損する危険があります.また大気への放出ガスが外層内にこもると酸欠となる危険があるため,放出口は人のいない,開放したスペースに向けることが必須です.
  2. 外層,内層,加圧調整袋は良く空気を抜いた上で折りたたみ,収容します.内層に関してはガスバリア性を損なわないように強く折をいれずにたたむように注意します..
撤収の際にInfoBalloonの各部品を次回に使いやすいように整理して収容すると,次回の設置作業が円滑にすすみます.
 



  
InfoBalloonへのヘリウムガス注入中
 
       
  
係留高度上昇中(せたな町梅本牧場)
 
       
  
InfoBalloonからのヘリウムガス放出中
安全な運用のために
  〜InfoBalloonガイドライン〜

住民の安全を守るためのInfoBalloon自身が事故を引き起こし,被害を与えることがあってはいけません.InfoBalloonを社会で実際に運用していくためには,適切なガイドラインが必要になります.
ここで述べるのは当研究グループがInfoBalloonの実験を行う際の,仮の指針としているものです.対象が実験機であること,運用場所が限定されている点で,社会での実運用の際には見直す必要があるものも含まれています.

係留場所の選定
  1. 係留地点を中心に,係留予定高さの1.5倍の距離の範囲内に交通量の多い道路,鉄道,送電線がないこと.
  2. 係留地点を中心に,係留予定高さの0.5倍の距離の範囲内に不特定の人間が立ち入ることがないこと.
  3. 係留高さは原則として高度150mを超えないこと.
  4. 係留地点から見て,垂直方向から45度以内の領域(円錘形状)に木やビルなどの障害物がないこと.
  5. 飛行の妨げになる可能性があるため,飛行場やヘリポートの近隣での係留は行わないこと.

 
気象条件よる係留中止
激しい気象状況においては,安全のため係留を中止します.
InfoBalloonの運用可能な最大風速に関しては,まだ評価実験のデータが不足しているため,明確な数字として示すことはできません.強度的に破損が想定されるのは,外層のタグ,係留ロープ,ピボットベースのフレーム部,係留ベースの地上取り付け部です.今後,実験を繰り返すことで運用指針を明確化していきたいと思います.現状では地表面で風速15mを超える状況では係留中止で,気球を地上に降ろして地面にネットシートなどを使って固定します.
雷がInfoBalloonに落ちたときにどういう状況になるかは,現状では未評価です.上空のInfoBalloonと地面とを結ぶ導体は,極細同軸ケーブル1本のみでので,大電流がここを伝わって地面に来ることはないと予想しています(たぶん電線が蒸発してしまう.).想定する最悪の状況は気球本体部に落ちた雷が気球の外層も破裂させ,急激にヘリウムガスを流出させて落下することです.こうした状況を避けるために,現在,雷探知センサや雷雲に関するリアルタイムの気象情報を元に,落雷の危険が高いときには予め係留を中止することにしています.
 
作業上の注意事項
  • 気球下で作業を行う場合には,頭部保護のためヘルメット着用のこと.
  • 係留時に張力のかかった係留ロープを扱う場合には,革製の作業手袋を着用のこと.軍手は不可.
  • 晴天時に係留された気球を見る際には,目の保護のためサングラスを使用のこと.



  
ヘルメット着用しての組み立て作業
 【問い合わせ先】
  小野里雅彦 (TEL/FAX 011-706-6435,E-mail onosato(at)ssi.ist.hokudai.ac.jp)
北海道大学 大学院情報科学研究科 システム情報科学専攻 システム環境情報学研究室
Digital Systems and Environments, Division of Systems Science and Informationcs,Graduate School of Information Science and Technology, Hokkaido University
  〒060-0814 札幌市北区北14条西9丁目  N14W9, Sapporo, 060-0814, Japan   URL: http://dse.ssi.ist.hokudai.ac.jp